8月のことば

 

凡夫は
すなわち
われらなり

 みなさんは″聖徳太子″と聞いて何を連想しますか。「十七条憲法」「遣隋使」「冠位十二階」「法隆寺」などが頭に浮か
んできた人は、結構歴史に興味がある人でしょう。真っ先に一万円札が浮かんできた人は、私と同じくお金がとっても好き
な人でしょうね。それも、あまり若くない…。一万円札の肖像が現在の福沢諭吉に代わったのは一九八四(昭和五十九)年
からなので、おおよそ四十歳以下の人は意識の中で、聖徳太子と一万円札の繋がりはあまり無いと思うのです。
 さて、日本で最初に聖徳太子の肖像がお札に用いられたのは、一九三〇(昭和五)年で、それは兌換券というものでした。
それから、日本紙幣の最高金額券に登場し続けた聖徳太子は、日本人の心の象徴でもあったのです。それが日本経済の
急激な成長がピークに達し、バブル時代を迎えようとするさなかに、突如として聖徳太子はご引退され、福沢諭吉が台頭し
てきました。
 それではここで、聖徳太子と福沢諭吉の違いを少しだけ比べてみましょう。ご存じのように聖徳太子は、日本最初の憲法と
も言われる「十七条憲法」を発布されました。これは大雑把に言えば、現在の国家公務員法のようなものです。それは「和ら
かなるをもつて貴しとなし、忤ふることなきを宗となす(第一条)」。そのためには「篤く三宝を敬う。三宝は仏・法・僧なり(第三条)」
というように、その全文が仏さまの心を中心とした平和主義にて貫かれています。そしてそれは「われかならず聖なるにあら
ず、かれかならず愚かなるにあらず。ともにこれ凡夫ならくのみ(第十条)」と言われるように、仏さまのみ光に照らされた聖徳
太子ご自身の「私は愚かな凡夫である」という内省があったのです。
 さて、それに対して福沢諭吉は『学問のすゝめ』において「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」「一身独立し
て一国独立する」と主張しています。
 つまり聖徳太子は「お互いに自分は愚か者であると知り、だからこそ相手の心に気遣い、和の心を大切にしなさい」とおっ
しゃり、福沢諭吉は「人間はみな平等であり、それぞれの国民が自立してこそ国は一人立ちする。そして、国民一人ひとりが
自立するには、学問でさまざまな知識を身に付け賢くなることが重要である」と訴えたのです。
 現在、日本は福沢諭吉が目指したような国となりました。高学歴社会で世界第三位の経済大国。しかしそれで国民は本当
に幸せになったのでしょうか。世界一五五ヵ国を対象とした二〇一七年版「世界幸福度報告書」において、残念ながら日本の
幸福度は五十一位です。テレビや新聞では、人間同士の悲しい事件が毎日のように報道されています。
 親鸞さまは聖徳太子を「日本にお出ましになられたお釈迦さま」と仰がれ敬われました。
 八月の言葉「凡夫は すなわち われらなり」もう一度じっくりと味わってみてください。

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